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心と体

2022年8月21日 (日)

ひとまず元気になりました。

 どうも、ケーンです。

 前回の記事はかなり暗い内容ですみませんでした。不快に感じた方がいたらごめんなさい。

 タイトルのとおり、ひとまず元気になりましたので、簡単にあれからのことを書いておこうと思います。

 あの記事を書いた後、結局ほとんど眠れませんでした。次の日の火曜日は普通に出勤して仕事はしましたが、心は落ち込んだまま。たぶん終始表情も暗く、声にも力がなかったと思います。同僚が声を掛けてきてくれても、仮初の笑顔で短く返事するのが精一杯でした。定時で退社したかったけれど、仕事が残っていたので2時間ほど残業。帰宅したら母が用意していた夕食を食べて自分の部屋へ。セキセイインコのレトはもう寝ていたので、遊べませんでした。

 睡眠薬を飲みましたがその夜もやはりよく眠れず、翌日の水曜日は朝、起きるのに苦労しました。きつかったけれど何とか身支度を整えて家を出ました。ところが、JRに乗った途端、爆睡。降りるべき駅で起きることができず、通過してしまいました。はっ、と目覚めた時には車窓の外は見知らぬ景色。慌てて降りた駅は、新しいボールパークが建設中で話題の街でした。

 

「…せっかくここまで来たなら、ちょっと新球場見てみたいな」

 

 ふと湧いた誘惑に負けて、私はホームから出ました。残念ながら駅から新球場は見えませんでしたが、構内には新球場の紹介パネルが並んでいました。何となくそれを眺めているうちに、気づきました。

 

「あれ、俺、何かすっきりしてるな」

 

 JR内で十分に睡眠を取れたためか、それともこれが噂のBIGBOSS効果というやつか。とにかく心が軽くなっていました。

 職場の同僚に、寝過ごしたことと今いる駅を連絡。せっかくだからとお土産を買ってから、反対方向行きのJRに乗りました。職場に着くと、当然のように同僚は心配していたので、軽く謝ってお土産を渡しました。上司(係長は休暇だったので、課長です)も「大丈夫?」と声を掛けてきましたが、「大丈夫です」とはっきり笑顔で答えることができました。

 その日は普通に仕事ができて、定時に帰宅。久しぶりにレトと遊び、癒され、気持ちよく眠りに入ることができました。

 翌日、木曜日。出勤すると、休暇明けの係長から「ちょっと面談させて」と個室に連れていかれました。「面談」と言いましたが、その実は「説教」でした。前日の遅刻という名の小旅行についても「けしからん」みたいなことを言われましたが、はっきり言って「知るか」ってな気分でした。寝て起きたらその駅にいたんです。そのおかげで回復できたということは、それが必要な睡眠だったということ。まあこれはわかる人にしか理解できないので、適当に聞き流しました。

 他にも色々言われました。仕事を溜めるな(←期限のある仕事はぜんぶ処理してますけど?)、予算がないからもう残業するな(←だったらこの事務量の多さを何とかしろ)、今月はもう外勤(家庭訪問)するな(←今月は40件家庭訪問しないといけない。来月も30件程予定がある。来月に70件行けってこと?)、等々。

 もうね、理解しましたよ。ああこの人、私のことが気に入らないんだな、と。

 決定的だったのは、その日の夕方のこと。

 私は性分として、一つの作業に集中すると周囲の雑音が聞こえなくなります。なので、電話が鳴っても気づくのが遅い。気づいて取ろうと思った時には他の若い同僚が抜群の反射神経で取ってしまうので、結果として、私が電話を取ることはほとんどなくなっていました。それが気に食わなかったのでしょう。係長が言いました。

 

「耳悪いの?」

 

 は?

 いや配属されてから今まで普通に会話してきたし、そんなわけないでしょう?

 この台詞にはさすがに気分を害しましたね。周りに人がいる中で、でかい声で。もう私に「聴覚障害者」のレッテルを貼ろうとしているとしか思えませんでした。どんなに贔屓目に見ても失礼ですよ。侮辱です。

 落ち込んだりはしませんでしたけど、不愉快でした。その日はある事務処理の締めが近いこともあり、大量の決裁を抱えた係長は残業してました。私も仕事が残っていましたが、とても一緒に残る気にはなれず、さっさと帰りました。

 翌日の金曜日には夕方に係会議がありました。毎月やってるこの会議の時には、慣例で係長が全員にケーキを振る舞うことになっているのですが、私は「お腹の調子が悪いから」と言って遠慮しました。

 もちろん嘘です。

 

「あなたのご機嫌取りは断固拒否します」

 

 これが本音。係長は気づかなかったようですが、それでも構わない。私の心がスッとした。これが大事。

 その日、係長は定時で帰りました。私は仕事が溜まっていたので1時間残業。課長が帰り際、「残るならちゃんとつけてね(=残業代請求してね)」と声を掛けてくれました。でもできません。だって「仕事を溜めるな、でも予算がないから残業はするな」と命令されているのですから。今後私は、仕事が溜まるたびにサービス残業をすることになるでしょう。それが命令ですから。公務員は、上司の命令に従わなければならないと法律に書かれているので、違反すると処罰されてしまう。

 これが現実。役所はブラックです。

 まあそれはさておき、愉快ではありませんでしたが、メンタルはひとまず回復しました。落ちていたら、無礼に対して怒る気力もなかったでしょうからね。それに、私の仕事を評価してくれている人は、係長のほかにもいますし。

 ここで基本。

 

 他人を変えることはできない。

 

 係長が私を気に入らないのはわかりましたが、基本に則れば、それを変えることは不可能だし、変えようと努力することは無駄です。だからそれはしない。私は、私の仕事を、自分にできる最善のやり方でやるだけ。直属の上司ですから関係を断つことはできませんが、心理的に距離を置き、必要最低限の接触で済ませることはできる。

 そうやって自分の心を守りながら、がんばっていこうと思います。

 それではまた。

 ケーンでした。

2022年8月15日 (月)

うつ再発を防いだ…つもりが。

 それは、先週月曜日の朝、通勤途中の駅のホームでのこと。

 不意に、心の糸が切れました。そうとしか表現できない感覚で、「あ、ダメだ」と私は電車に乗らずに帰宅。休暇を取りました。

 良くない兆候だ、と思いました。切れた心は「無気力」へと向かっている。このままだと「うつ」が再発すると思い、病院に受診の予約。次の日も休暇をもらい、病院へ行って主治医に相談しました。

「疲れが溜まってるね」

と主治医は言いました。主治医と話しているうちに、自分にもわかりました。

 配属されて間もない仕事。以前に経験があり、やりがいを感じているとはいえ、物理的に忙しかった。

 母がうつ傾向にあり(認知症はしばしばうつ症状を併発します)、日常の家事に加えて母の心のケアもしなければならず、心理的にきつかった。

 妹一家が新型コロナにかかり、外出ができなくなったため、代わりに日用品の買出しをした。毎日ではなかったが、体力的に負担になった。

 そんなこんなで自分でも気づかないうちに疲労が溜まり、ブレーキがかかったのだと。

「どうする? 一番いいのは、しばらく休養することだけど」

 そう主治医は言いましたが、せっかくやりがいのある仕事についている今、数週間とか数ヶ月とか、長期の離脱は避けたいという思いがあり、主治医と話し合った結果、その週いっぱい休むこととしました。

 職場に連絡して事情を話すと、上司は理解してくれ、同僚も受け入れてくれました。

「急ぎのものがあればやっておきますね」

と、力強い言葉をもらい、ああ職場に恵まれたなぁと感謝しつつ、私は休養へと入ったのでした。

 とにかく睡眠時間が足りてない、と指摘を受けた私は、徹底的に休息しました。その時すでに目や耳から情報が入ってくることにしんどさを感じていたため、テレビもスマホも封印。歌詞のない映画音楽を聴きながら、睡眠を取って気力・体力の回復を待つ。2日ほどすると、回復を実感できたので、少しずつ、好きなことをしてリフレッシュ。そうして時間が経つごとに気力・体力が戻ってきて、散歩や買い物にも行けるようになりました。

 よかった。「うつ」に陥らずに済んだ。

 週明け、つまり月曜日の今日、すっかり元気とやる気を取り戻した私は、はりきって出勤しました。

 職場は私の復帰を暖かく迎えてくれました。そして渡されたのは、処理が必要な書類の束。何しろ1週間も休んでいたのですから、仕事が溜まって当然です。緊急のものはやってくれていたとはいえ、そうでないものは溜めておかれました。みんな自分の仕事がありますから、それは当然のことで、私も承知の上でした。

 とにかく今日は、溜まった仕事を整理し、片付けること。そう思って取り組み始めた…のですが。

「あれ、やっておきました」

「ああ、ありがとうございます」

「これも処理済です」

「すみません、助かります」

「これやっといたから。残りは今日、私が片付けます」

「えっ?」

 いや、今日、私いるんですけど? 私の仕事では?

「この書類もずいぶん溜まってたから処理しておいたよ」

「あ、えと…」

 いや溜めてたのは事実だけど、それはこの1週間で溜まったものではなくて…そもそも処理を急ぐ書類じゃないし…。

「あとね、あれもだいぶ溜まってたから、みんなでやっといた。これからは溜めないよう、すぐに処理してね」

「あ、はいすみません…」

 それも特に期限が決まってない書類で、他に優先すべき書類があったから後回しにしておいただけなんだけど…。

 そして。

「ケーンさん、この仕事、私が引き受けていいですか?」

「え? あ、それは今日、やろうと思ってたやつだけど…」

「ちょっと時間がかかると思うんですよ。ケーンさんには他にやってもらいたい仕事があるので、これは私がやります」

「いや、でもそれは相手側との話し合いも必要な案件だし、私がやったほうが…」

「係全体の仕事のことを考えて言ってるんです。これは私がやります。いいですね?」

 そう言われてしまえば、反論はできませんでした。

 そうして私の手元に残ったのは、比較的簡単な事務処理だけ。量が多くて整理は大変ですが、作業自体は単純なものです。

 たぶんみんな、私の病気を気遣ってくれているのでしょう。できるだけ負担がかからないように、と。

 しかしその時、私の心に棲む悪魔が囁きました。

「こいつらはお前を『仕事ができないやつ』だと思ってる。だから単純作業ばかり任せたんだ」

と。

 さらに囁きは続きます。

「見ろ、こいつらはきっとこう思ってるぞ。『こんなに仕事を溜めて、こいつには仕事は任せられない』と」

 その囁きに、私は抗弁できませんでした。

 なぜなら、その「溜まっていた仕事」は、別段急ぐものではなかったからです。私は仕事に優先順位をつけて、緊急性の高いものから順次処理していた、つもりです。そして、仕事を故意にさぼっていたつもりはない。結果として優先順位の低い仕事が溜まっていましたが、それは極論を言えば年度内に処理すればいいもので、期限が決まっているものではありません。

 仕事が遅かったかもしれない。優先順位のつけ方が間違っていたかもしれない。他の人から見れば「溜めすぎ」だったのかもしれませんが、それならそれで、急いで処理するように言ってくれればいいだけではないでしょうか? そうすれば、私は残業してでも処理します。わからないことがあれば調べるし、聞くけれど、自分でやります。それをなぜ、代わりにやってしまうのでしょう?

 それは、「あなたには言っても処理できない、その能力がない」と言っているのと同義ではないでしょうか?

 被害妄想? そうかもしれない。でも、私にもちっぽけなプライドがあります。いっぱしの大人で、人並みに仕事ができるつもりでした。「うつ」という病気が発症してさえいなければ、自分もやればできるんだ、と。

 実際、配属されてまだ4ヶ月ですが、期限に間に合わなかった仕事はありません。大きなミスもしていない。細かいミスはありましたが、事後処理はきちんとできていたはず。だからやればできる、というプライドがあった。

 離脱していた1週間、代わりに処理してくれていたことはありがたいし、復帰してからも気遣ってくれるのは嬉しいことです。

 でも。

 この対応に、私のちっぽけなプライドはズタズタに引き裂かれました。表面では平静を装っていましたが、内心は穏やかではありませんでした。自分は「仕事のできない人間」なのか。周りからそう思われてしまっているのか。

「『じんざい』には3種類あるんだ」

 昔、先輩職員に言われた言葉が脳裏をよぎります。

 存在が組織の財産である「人財」、人並みの「人材」、存在自体が罪である「人罪」。

 自分は、せめて「人材」だと思っていた。でも実は「人罪」であり、いてはいけない人間なのか──。

「ケーンさん、来週、飲みに行きましょうよ」

 終業のチャイムが鳴った後、陽気な同僚がそう声を掛けてくれましたが、私は軽く笑みを返すのが精一杯で、逃げるように職場を去りました。

 帰りの電車の中で、私の精神は下降の一途をたどりました。悲しくて、悔しくて、情けなくて。

 食欲もなく、帰宅した私は母にコンビニで買ってきた弁当を渡すと、自分は2階の部屋にあがって布団に入りました。当然、心配した母があがってきて声を掛けてきましたが、私は、

「今はそっとしておいてくれ」

と言うのが精一杯でした。

 それから、3時間。

 軽く眠り、少し落ち着いた精神状態で、今、私はこれを書いています。

 たぶん、明日、仕事には行くでしょう。うつ傾向にあっても、意地でも行くと思います。ただ、職場に着いた後、明るく元気な同僚たちと同じテンションで仕事ができる自信はない。私を飲みに誘ってくれた同僚が、「明日のランチはみんなでケーンさんの復帰祝い」と言っていましたが、正直、その場で笑顔でいられるかどうか。

 悪魔の囁きが、今も頭に貼りついて離れません。

 明日のランチでみんなが見せる笑顔が、心からの祝福の笑顔なのか、仮初めの嘲笑なのか。

 そもそも自分は、復帰を祝ってもらえるような人間なのか。

 また心が壊れるようなことにならないよう、今はただ祈るばかりです。

 

 

 

 

2017年5月22日 (月)

ああ、もうアレが食べられないなんてっ!!の巻

 ども、ケーンです。

 先週の糖負荷検査から一週間。検査結果が出ているとのことだったので、仕事をお休みして病院へ。

 果たして糖尿病と宣告されてしまうのか、どうなのか。どきどきびくびくしながら待っていると、「ケーンさーん、どうぞー」という看護師の声が。

 医師は検査数値を見せながら、色々と話してくれました。

「で…僕は糖尿病なんですか?」

「境界型っていってね、糖尿病かそうでないかっていうと、そういう意識でいたほうがいい」

 ガーンΣ(゚д゚;)

 悪魔の宣告…と思いきや。

「つまりね、インスリンはちゃんとでてるんだけど、それがうまく血糖値を下げるふうに作用してないんだ。だからインスリン投与は必要ない」

「…え、そうなんですか?」

「そう。投薬も必要ない。食事療法と、あと体重を少し落とした方がいいね」

 ほっ…(;´Д`A ```

 一瞬、自分で自分の腕に注射器を刺す光景が見えた僕は、安心のため息をつきました。

「ところでケーンさん、パン好き?」

「え? ええ…好きですけど」

「菓子パンは?」

「大好きです!!」

「それ、やめたほうがいいね」

「ええーっ!?」

 これこそ悪魔の宣告でした。

 アンパン、メロンパン、くるみパン、クリームパン、塩パン…数え上げたら切がないくらい、僕は菓子パンが大好きでした。毎日の昼食は菓子パンと決まっていたのです。

 特に札幌駅にある「リトルマーメイド」というお店(全国展開しているパン屋さんです)、そこのミルククリームパンが絶品で、毎朝、昼食用にと欠かさず買って仕事に行っていました。

 午前中の仕事は、まさにそのミルククリームパンを楽しみに耐えているようなものです。

 そ、それが…それが…。

 食べられないなんてーーーっ!!

 僕の体の半分はそのミルククリームパンでできています。それが食べられないということは、自分の半身を失うことです。僕は絶望のどん底につき落とされました。

「そ、それじゃメロンパンは…」

「ダメ」

「な、ならサンドイッチなら…」

「ああ、ダメダメ。食パン一枚くらいならいいけど、それにあれこれ乗せちゃったらカロリー高くなるでしょ」

 ああ、そうか…。

 僕はもう、パンと言えば食パン一枚しか食べられない身体になってしまったんだ…。

 放心しながら、僕は会計を済ませ、病院を後にしました。

 初夏の風が、僕にはなぜかとても冷たく、寂しく感じられました。

 ああ…ミルククリームパン…。

 僕はもう、何を心の支えに生きていけばいいのでしょう。

 こうなったら、くうの餌でも分けてもらうしか…。

Img_0352

「ダメでちゅっ!!」

 そ、そうだよね…。

 

2017年5月19日 (金)

糖負荷試験

 去る3月の健康診断。

 結果通知が届きました。そこには封筒が同封してあって、「糖尿病かもしれないから、内科を受診するように」との指示が。

 と、糖尿病!?

 ただでさえ高脂血症(要するにコレステロールが高い)、うつ病と持病があるのに、そこに糖尿病が加わるのか? 連想したのは、インスリンで注射した。やだやだ、看護師さんに打ってもらう分には平気だけど、自分で刺すのは恐怖だ。

 とにかく内科の主治医のところに行って、事情を話した。

 すると、「糖負荷試験をやりましょう」と。

 どうやらこれ、糖尿病の診断のための検査らしい。

 起床後、医師の指示で朝から何も食べず、何も飲まず病院へ。

 手順はこう。

1 採尿、採血

2 ブドウ糖液225mlを飲む

3 30分後、採血

4 60分後、採血、採尿

5 90分後、採血

6 120分後、採血、採尿

 二時間で終わる、簡単な検査…のはずでした。

 だが、一つ問題が。

 尿が出ない!!

  どんなにがんばっても、出てこない。焦る。尿検ができないと、診断ができないんじゃなかろうか。

 でも、でないものは出ない。

 看護師さんは言った「あと2回チャンスがあるから、きっと出るわよ」

 そ、そうか、それなら…。

 でなーーーい!!

 意気消沈して採血室に戻る僕。

「すんません…出ませんでした」

「ああ、仕方ないね。でも、血液だけでも診断はできるから」

 へ!?

 それじゃあ、採尿の意味は? 僕のがんばりの意味は?

「それじゃ、検査の結果は1週間くらい後になるから」

「あ、あの…」

「ん?」

「い、いえ…」

 そのまま僕は会計を済ませ、病院を後にしたのだった…。

 それにしても…。

 ホントに糖尿病だったらどうしよう…。すべては1週間後。

 ひーーー、こわいよーーー

 

 

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