ケーンの介護日記 その7~宣告の日 後編~
レビー小体型認知症。
病院で、医師から告げられた母の病名がそれでした。
後でネットで調べてみると、レビー小体型認知症の症状として、大きく4つが挙げられていました。
① 物忘れや判断力、理解力の低下
② 「幻視」や「錯乱」、「妄想」
③ パーキンソン症状(動きが鈍い、手足の震え、転びやすいといった運動機能障害)
④ 抑うつ(意欲・食欲がわかない、気持ちが晴れない)
なるほど、と思いました。これだったのか。パーキンソン病を疑っていた「歩行困難」や「転倒」は、レビー小体型認知症の症状の一つだったのか。そして物忘れや理解力の低下、幻視(医師は「錯視」と呼んでいました)。母はもうずっと前からうつ病を患って定期通院していましたが、それもまた、認知症の症状に繋がるのか。
治療方法としては、根本的に治癒する方法はないものの、「薬物療法」と、運動療法などにより「脳に刺激を与えること」があるそうです。
そこで医師は、母に、病院に併設しているデイケアへの参加を勧めました。
「よければこれから見学できますよ。担当の者に案内させますが、どうしますか?」
医師の質問に、母はどう答えていいものか少し迷ったようですが、最終的には「はい。お願いします」と答えました。
私には意外でした。
母は歩行が難しくなり、季節が冬になったこともあって、もう数ヶ月、ほとんど外出していません。これまで接してきた相手は、同居している私とセキセイインコのレト、そして時々やってくる私の妹の一家だけ。うつ病で気分が落ち込み気味なこともあり、いきなりデイケアなどに参加するのは無理ではないかと思っていたからです。
母は気が進まず、尻込みして、きっと断るだろう。
そう思っていたのに、母は医師の提案を受け入れた。母がうんと言った以上、息子の私がダメだと言うわけにはいかない。
そうして母と私は、担当の人に案内されて、デイケア施設へと向かったのでした。
S病院のデイケア施設は、病院の隣にありました。2階建てですが、病院の規模にふさわしく、横に広い建物でした。
3月とはいえ、北海道はまだまだ寒い。一度病院の外に出ると、冷たい風が頬を叩いてきました。5、6メートル先に、デイケア施設があります。案内の人に続いて玄関から中に入ると、ふわっと温かな空気が体を包みました。
「どうぞ。今はお食事時なので、みんなお昼を食べてます」
案内の人の言う通り、もう昼食の時間でした。見ると玄関を入ってすぐが食堂のようで、参会者らしい人たちが食事の最中。みんなマスクはしていませんが、笑い声やおしゃべりは一切聞こえない。コロナ下なので、ここも「黙食」なのでしょう。
それにしても…。
(多いな)
と、私は思いました。食堂の広さに比例して、食べている人も多い。ざっと見て、学校の一クラス分はいるのではないか。
「何人くらいいるんですか?」
「40~50人です。でも、2階にもいますから」
「2階にも食堂があるんですか!?」
「はい。1階とほぼ同じ構造です。2階のほうが少し狭いですけど」
ということは、2階に同じだけ人がいるとしたら、参加者は100人近くいることになる。私は驚きました。人の多さそれ自体に驚いたことはもちろんですが、札幌市の隣とはいえ、いち地方都市の、いち地区に、こんなに多くの認知症患者がいるという事実にも驚かされました。
超高齢化社会。その現実をまざまざと見せつけられた気がしました。私がうつ病で家に引きこもり、社会との繋がりを断絶している間に、世の中はこんなことになっていたのか。
「では、戻りましょうか。面談室で詳しいご説明をします」
案内の人に促されて、母と私は病院へと戻りました。
面談室に着いて着席すると、デイケア施設のパンフレットを渡されました。そして、施設についての説明を一通り受ける。
おおまかな流れとしては、朝の集いがあって、それから午前の活動。12時から昼食と休憩があって、午後の活動へ。最後に茶和会があって、それぞれ帰宅。活動の内容はさまざまで、体操だったり、創作だったり、レクリエーションだったり。朝9時から夕方15時までの滞在となるようでした。
それから、利用料金の説明。1回の利用料金はだいたい1,200円。例えば週に1日参加して場合は、約1,200円×4回で約4,800円になるといいます。そして利用にあたっての注意事項、利用申し込みの手続きと、説明はどんどん続いていきます。
「ちょ、ちょっと待って。まだ見学しただけで、参加すると決めたわけじゃ…」
そう言いたくなりましたが、母が黙って聞いているので私も話を遮ることはしませんでした。
「…以上が、当院のデイケア施設の概要です」
説明が終わると、診察室前の待合スペースに案内され、しばらく待機。すると、看護師長がやってきました。
「午後からケアマネさんとの打ち合わせがあるんでしたよね?」
「ああ、はい」
そう言えば、看護師長には言ってあったのでした。今日の受診が終わった後、午後からケアマネジャーのOさんが来て、これから受ける介護サービスをどうするのか、本格的な打ち合わせがある、と。
「ケアマネさんにはこちらからも、デイケアの参加も検討されていると伝えておきます。それを聞いたら、ケアマネさんはデイケアのことも考えてプランを作成してくれるでしょう」
そう言うと、看護師長は母と私を会計の窓口に案内しました。今日の受診はこれで終わり、ということか。
「あ、ちょっと待ってください」
私は看護師長を呼び止めて言いました。確か薬は2週間分出すと医師は言っていたが、すると次回の受診はいつになるのか。
「特に予約は必要ありませんが、Y先生(今日診察してくれた医師)の診察は木曜日か金曜日の午前中になりますので、どちらかの日に…」
「それはちょっと困ります」
私が母に市立病院からの転院を勧めた理由は二つあります。
一つは母のパーキンソン病を疑っており、その検査・治療ができる診療科が市立病院になかったこと。そしてもう一つは、この病院は市立病院とは違い、土曜日も診察をやっていることです。
市立病院は知ってのとおり公立の病院なので、週休二日制が徹底されており、土日はやっていません。今後も通院を続けるとなると、私が付き添うためには平日に休暇を取らなければならなくなります。3月については、上司と相談し、病院の受診から介護施設との打ち合わせ、市役所での要介護認定の申請など諸々あるのでたくさん休みます、とあらかじめ許可を取っていましたが、4月以降はそうはいきません。
母には精神科と内科の受診が必要で、3月中には整形外科も受診させるつもりでいました。母は常々「膝が痛い」と訴えており、一時期鍼灸院に通ったこともありますが、症状は改善していない。なのになぜか病院にかかろうとしないのです。認知症の件の道筋が見えたら、そこを何とか説得して整形外科を受診させ、きちんと検査してもらおうと思っていたのです。
とにかく、母のために動くなら3月中がチャンスでした。
内科はいつも、月に1回、私と一緒に土曜日に受診しているから問題ないとして、整形外科はどうなるか。私としては、市立病院の整形外科を受診させるつもりでいました。土曜日にやっていないのは不満でしたが、別に私は市立病院が嫌いなわけではありません。むしろ、検査をするなら公立の大きな病院のほうが良いと考えているのです。
仮に整形外科で定期的に治療が必要な何らかの疾患が見つかったとして、通院は2週間に1回が一般的だ。症状が安定してくれば1ヶ月に1回という形になるだろうが、初診からしばらくは2週間に1回となる可能性が高い。そうなると、4月以降、2週間に1回、二つの病院に母はかからなければならなくなる。それに付き添うには、どちらか一方は土曜日の受診である必要がある。でなければ私は、1ヶ月うちに2回×2病院で4日休暇を取らなければなりません。そんなペースで休んでいたら、あっという間に有給休暇を使い果たしてしまうし、職場にだって迷惑をかけてしまう。
だから、土曜日でも受診できるS病院への転院を母に勧めたのです。
「何とか、次回から土曜日の受診になりませんか」
「…ちょっと待っててください」
そう言って看護師長は医師と相談に行きました。そして戻ってくると、
「今日は初診ですから、まだ当面はY先生が診ます。安定してきたら主治医を変えることも考えますが、次回はY先生に診てもらってください」
と答えました。
これは医師の判断だ。だから、ここで看護師長とこれ以上議論しても無駄だろう。それがわかっていたので、私もそれ以上の追及はやめました。
仕方ない。当面はと言うんだから、いずれ土曜日になるだろう。それまでは、また上司に相談するしかないな。
それから会計で支払いを済ませ、隣のカウンターで薬を受け取る。今では薬は院外薬局で受け取るのが普通ですが、この病院は院内で済ませられるのでした。しかも嬉しかったのは、薬の分け方です。以前までは薬はたくさんの袋に分けられていました。私ですら整理に難儀するくらいの量で、だから薬の種類を減らせないか医師に相談したのです。
ところが見ると、袋は5種類しかない。朝食後、昼食後、夕食後、寝る前、そして貼り薬です。中を見ると、例えば朝に飲む薬は、全部が小さな透明の袋にまとめられていました。他もそう。飲む時は、その小袋を取り出して、中身を全部飲めばいい。いちいち袋を開けて、夕食後に飲むのはこの薬が2錠とこの薬が1錠…などど探してゆく必要がないのです。薬の管理が格段に楽になる、というより、もう管理する必要がない。
これはありがたい配慮でした。さすがに認知症患者の治療に力を入れているだけはある。これだけでも、転院して良かったと思えました。
こうして母と私は、長い長い午前中を終えて、帰宅したのです。
午後、14時頃にケアマネジャーのOさんがやって来ました。
すでにOさんはS病院からの連絡を受けており、それを踏まえて、3つのパターンのケアプランを作成してきました。
① 1週間のうち、全部を介護職員の訪問のみとするパターン
② 1週間のうち、半日(午後)だけY事業所(小規模多機能ホームY)に通所し、後は介護職員の訪問とするパターン
③ 1週間のうち、1日だけS病院のデイケア施設を利用し、後は介護職員の訪問とするパターン
「どれがいい、母さん?」
「うーん…どれがいいんだろう…」
ここで私はあえて言いました。
「本音で、正直に言って? 本当にデイケア行くのでいいの?」
私には一つの疑問がありました。
母は医師に勧められた時、その場の雰囲気や話の流れで、断りたくてもできなかったのではないか、と。
医師の手前、「はい」とは言ったが、本音では気が進まなかったのではないか、と。
確信はありません。でも、今の母に大勢の、しかも知らない人たちの中に入っていく勇気はないのではないか。そう思えてならなかったのです。
「大事なことだよ? 本当に、正直なところどうなの?」
少しの沈黙の後、母は言いました。
「本当は、気が進まない」
やっぱり。
私はほっとしました。
危ないところだった。今、大勢の他人の中に放り込めば、きっと母の、認知症はともかく、うつは確実に悪化する。その確信がありました。私は医者ではありませんが、長年うつ病を患ってきた経験があります。
うつ真っただ中にいる人間が、見知らぬ人間の集団の中に放り込まれるとどうなるか。周囲になじむ気力がなく、結果としてなじむことができず、なじめなかった自分がとてつもなく惨めになって悲しくなる。相手が楽しそうにしていればなおさらそうです。楽しげな周囲の人間と自分を比べて、その落差に絶望する。自分が嫌になる。そしてますます気持ちが落ち込んでいくのです。
うつが悪化すれば、それに引きずられて認知症がひどくなるかも知れない。そうでなくとも、うつ症状だけでも、人は自分の命を危険にさらすのです。以前、母が自分が嫌になって精神薬を大量に飲み、自殺を図ったように。
本音を聞けてよかった。
「今の母には、たとえ少人数でも、集団の中に入るのは無理だと思います。だから、最初は①のプランで始めさせてください」
結論として、私はそう回答しました。
Oさんも、
「たぶん、それがいいでしょうね」
と理解してくれました。
「もちろん、家族としては、いずれは家族以外の人とも触れ合って、楽しく交流してほしいと思っています。ただ、急ぎたくはない。スロースターターでいきたいんです」
「わかりました。では①で始めましょう。S病院のほうへは、私から連絡しますか?」
「いえ、明日、私が連絡します。お詫びも言いたいし」
「そうですか。それではお願いします」
それから少し雑談した後、ケアマネジャーOさんは帰っていきました。
時刻は夕方の4時を回っていました。私は夕食を買いに出掛けなければなりません。
「疲れたね、母さん」
「うん」
「これから夕飯買ってくるから、母さんは寝てなよ。食べるのは6時でいい?」
「いいよ」
「じゃあ、買い物行ってくる。レト、行ってくるからね」
「ぴよ!!」
「ご飯が終わったら遊んであげるからね。それまでお利口にしてるんだよ」
「ぴよ!! ぴよ!!」
「いってきまーす」
そうしてレトの声を背に、私は買い物に出掛けたのでした。
今日もパスタにしようかな。
そんなことを考えながら。
~つづく~
レト「はやくだして、でち!!」
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